カリフォルニアの山火事も、ようやく延焼のペースは落ちているようです。
まったく、この雨を持って行ってあげたいですな。
今も、ベランダの雨樋を、ジャボジャボと水が流れております。
ところで、この空前の災害に対するアーノルド・シュワルツェネッガー知事の対応が賞賛されているようです。
記事を読んでいただくとわかるのですが、1つには行動力。
単なるアクション俳優あがりの知事だと思っていたら、リスク対応もちゃんとできるじゃないかと見直した感じでしょうか。
ただ、これはどの政治家も同じこと。
逆にいえば、「行動力のない政治家は政治家ではない」ともいえます。
ポイントは「スターのオーラ」が求められていること。
被災者の心を癒すために、政治家という役職だけでは足りず、「元スターの政治家」でないと、人の心を動かせなくなったのでしょうか。
アメリカの大統領選では、叩き上げのオバマ氏が人気です。
日本には、ちょっと現れにくいタイプの政治家です。
羨ましいです。
その一方、元ファーストレディーのヒラリー氏は、ある意味スターです。
そして現在優勢なのは、スターの方です。
政治家に求められる資質が変わってきているのでしょうか。
そして、その要因は政治に対する無関心か。
政治に関心を持つということは、他人に関心を持つということ。
市区町村、都道府県、そして日本という国、それぞれの政治。
人間が少なければ政治など必要ない。
でも、ある程度、人が多くなれば、そこに政治という機能は必要になる。
複数の意見を調整する機能。
それが政治。
自分のことしか考えない人に、政治は理解できない。
他者と円滑に生活しようとしないのですから。
政治に関心を持っていれば、政治家そのものにも関心を払うはず。
どんな人物であるのか、どんな思想の持ち主であるのか、さまざまな情報を得て、判断します。
「元映画スターの州知事」
「芥川賞作家の都知事」
「元お笑い芸人の県知事」
「私は叩き上げです、何の後ろ盾もありません」ということを売り物にするよりも、「テレビに出ていた○○です」とやった方が、庶民の理解は早い。
候補者の政治力を判断した上でのスター性であるのなら問題ない。
ただ、スターありきになってしまうと、政治の崩壊ともいえます。
政治に理解の早さを求めるということは、それだけ選挙に無関心になることにつながる。
自分たちに代わって議論してもらうはずの人を、知名度だけで選んでしまう。
「スター」という言葉を、「二世」に置き換えれば、日本の国政が抱えている問題そのものです。
政治家に必要な資質とは何でしょうか。
スターとは何でしょうか。
二世とは何でしょうか。







