真実は薮の中……で済まさず、きちんと明らかにしていただきたいところです。
でも、真相はこういうことではないかと思います。
先日の「フェニックス大学スタジアム」のエントリを調べている時、スタンフォード大学に流れて、こんな言葉を知りました。
スタンフォード監獄実験
あくまでも「監獄を想定した実験」なのに、時間の経過とともに、それぞれの役割が、それぞれの役柄を強調したかのような行動を取ってしまう。
何より恐ろしいのが、主宰した心理学者フィリップ・ジンバルドーが、「自分自身がその状況に飲まれてしまい、危険な状態であると認識できなかった」と語っていること。
人の心理を分析し、アドバイスを送るべき人が、実験だというのに、その状況、その雰囲気に飲まれ、自分を見失ってしまう。
相撲部屋というのは、監獄と同様、周囲から隔絶された社会。
親方と兄弟子を看守、新弟子を囚人と置き換えれば、「時津風事件」はスタンフォード監獄実験と同種の心理が渦巻いていたといえるでしょう。
「なぜ歯止めが利かなかったのか」ということに憤るのは当然。
スタンフォードは、ギリギリのところで、歯止めがかかったようですが、時津風の場合は止まらなかった。
犯罪は犯罪として断罪されるべきです。
ただ、「常識的に考えれば、そこまでやらないだろ」と考える方は、自らが「そういう状況」に閉じこめられた場合、人間は歯止めが利かなくなるものということも十分認識しておかなければなりません。
スタンフォードの監獄は、案外、その辺の職場や学校に、当たり前にあるのではないですかね。







